スプレー塗装の効率化① ~塗着効率が生産性を変える~ 2025年8月1日
塗装の「ムダ」、減らしませんか?
スプレー塗装は広い範囲を素早くムラなく塗れる、現代の工業塗装の主役です。その一方で塗料のムダが多く、仕上がりが作業者の熟練度に左右されるなど、課題もあります。
そこで今回は、スプレー塗装の効率を高めるための工夫について、2回にわたってご紹介します。1回目の今回は塗着効率にスポットを当てて、塗着効率を高めるメリットや改善のポイントについてお話しします。
コストにも環境にも!塗着効率がもたらす影響
塗着効率とは
塗着効率とは、使用した塗料の固形分のうち、被塗物に付着した固形分の割合を指します。固形分で計算するのは、塗料の量は希釈や揮発によって変化するからです。
例えばとある製品Aを1個塗装する作業で、固形分が10g相当の塗料を使用したとして、製品に付着した塗料の固形分が3gだったとすると、この塗装作業の塗着効率は30%になります。残りの70%は被塗物の周囲に飛散し、多くは塗装ブースに捕集されます。
コストに与える影響
塗着効率の低下はそのままコストの増加に直結します。先程の製品Aでは塗着効率が30%でしたが、なんらかのトラブルで塗着効率が15%まで低下したとすると、使用する塗料の量を倍にしなければならず、材料費が跳ね上がります。
塗着効率が落ちれば周囲に飛散する塗料の量も増えます。塗着効率15%の例では固形分20g相当の塗料を使って3gしか製品に付着していませんから、残りの17gは周囲に飛散していることになり、清掃の手間が増えてしまいます。
環境に与える影響
塗料は固形分以外にも、固形分を溶かす溶媒を含んでいます。塗着効率が落ちて塗料使用量が増えれば、使われる溶媒の量もその分増加します。溶媒に有機溶剤を使う溶剤系塗料の場合、塗料使用量が増えれば発生するVOC(揮発性有機化合物)の量が増え、環境負荷が大きくなります。
溶媒が水の水性塗料の場合はVOC増加の心配はそれほどありませんが、塗料使用量が増えれば塗料カスやフィルタなどの廃棄物の量が増えますので、環境に良いとは言えません。
このように塗着効率は、コストや作業効率だけでなく、環境負荷の面でも大きな影響を及ぼしています。
塗着効率を高めるスプレーガンの選定と調整
ここからは、塗着効率に影響を与える要素について一つ一つ見ていきましょう。塗装作業に関わるスプレーガンや塗装ブース、塗料や被塗物など、それぞれチェックすべきポイントがあります。
スプレーガンの選定
スプレーガンは塗着効率を高めるために改良が重ねられてきました。どのスプレーガンを選ぶかで塗着効率は大きく変わってきます。
HVLPスプレーガンやLVLPスプレーガンは低圧スプレーガンと呼ばれ、低い圧力で吹くことで塗料使用量を抑えることができます。HVLPとは「High Volume Low Pressure」の頭文字をとったものですが、空気キャップ内の圧力、つまり噴出する直前の圧力が従来のスプレーガンより低く、0.069MPa以下になっています。
低い圧力で吹くと塗料の粒子が飛ぶスピードが遅くなり、被塗物に到達したときに塗着出来ずに跳ね返る塗料(吹き返り)が減り、塗着効率が高くなります。
図1 HVLPスプレーガン
ただし、HVLPスプレーガンは噴出する圧力が低い分、空気量を増やして塗料を微粒化していますので、従来に比べると大きめの出力のコンプレッサが必要になります。塗着効率は高いのですが、圧縮空気を大量に使う点は欠点と言えます。
これに対してLVLPスプレーガンは塗料ノズル先端の形状を工夫することで、少ない空気量(Low Volume)でも塗料を微粒化できるようにしたスプレーガンです。
ちなみに低圧スプレーガンは塗着効率は良いのですが、圧力の調整幅はそれほど広くありません。一つのガンでたくさんの種類の被塗物を塗りたい場合などは従来のスプレーガンを選ぶことをおすすめします。塗装の条件が決まっていて、あまり調整の必要がないのであれば環境に配慮できる低圧スプレーガンを選ぶと良いでしょう。
空気圧の設定
塗料はスプレーガンによって微粒化され、被塗物に向かって飛んでいきます。噴出する空気圧が高いと塗料粒子は細かくなり、強い気流に乗って早いスピードで飛散します。
先程は塗料粒子のスピードについてお話ししましたが、塗料粒子の大きさも塗着効率を決定する要素です。塗料の粒子が小さすぎると気流に乗って飛ばされてしまい、被塗物に付着できません。逆に粒子が大きすぎると塗面が滑らかに仕上がらず、塗装品質が低下します。
図2 塗料粒子の大きさ
空気圧の設定は塗料粒子の大きさとスピードの双方に影響を及ぼします。スプレーガンから吹き出す空気圧が高いと塗料を細かな粒子にすることができますが、塗着効率は下がります。逆に空気圧が低すぎると微粒化が不十分で塗面が粗くなってしまいます。塗料の粘度やノズル径、スプレーガンの種類に応じて空気圧を調整し、塗料が最も効率良く付着する圧力を探します。
塗料ノズルと空気キャップの選定
スプレーガンのノズルと空気キャップの選定も、塗着効率に影響します。塗料の粘度が高い場合は、塗料が流れやすい大きめのサイズのノズル口径を選ぶ必要があります。また、塗料吐出量を抑える目的で塗料調節装置をしめ過ぎてしまうことがありますが、塗料の流路が狭くなり、詰まりやすくなりますので注意が必要です。
図3 スプレーガンの部品
スプレーガンなどのカタログ記載のデータは、テスト用塗料で吹いた結果ですので、高い粘度の塗料を使う場合は注意しましょう。塗料の粘度に合ったノズル径を使用しないと、塗料がうまく微粒化されません。
空気キャップには塗料を微粒化させる役割と、噴霧される塗料を楕円状に広げて、被塗物に付着する時のスプレーパターンの形を決める役割があります。カタログや被塗物の大きさを参考にして、塗りやすいパターン幅のものを選びましょう。
図4 スプレーパターンの例
スプレーパターンの最適化
スプレーパターンの幅や形状が適切でないと、塗料の分布が均一になりません。また、パターンは被塗物の大きさや形状によって調整し、ムダな重ね塗りやオーバースプレーが発生しないようにします。
図5 パターンの調節
スプレーガンの角度と距離
塗装作業の際にスプレーガンは常に被塗物に対して垂直の角度を保ちます。スプレーガンから被塗物までの距離は取扱説明書に推奨されている数値がありますが、一般に大形のスプレーガンで200~300mm、小形のスプレーガンで150~250mm程度とされます。動かすときも角度は垂直にし、距離を保ちながら一定速度で運行させることで、塗料のロスを防ぐことができます。この原則は自動ガンでも同じです。
図6 スプレー塗装の角度と塗料の付着
スプレーガンの操作技術
スプレーガンの操作にはある程度の熟練が必要です。また、ある調査では、作業者によって塗着効率に2倍の開きが出ています。熟練者をまねたり、塗装シミュレーターを使ったりして実際に手を動かして練習してみましょう。ポイントは先程もご紹介した被塗物とスプレーガンの距離、角度、スプレーガンの運行速度、パターンの塗り重ねなどを一定に保つことです。
図7 作業者による塗着効率の差
出典:環境省「すぐにできるVOC対策」
コラム 塗着効率90%超えも!静電塗装とは?
静電塗装は静電気の力を利用した塗装方法です。塗料の粒子をマイナスに帯電させて飛ばし、アースさせた被塗物に付着させます。塗着効率は非常に高く、時に90%以上にもなります。大量生産に向いている為、自動車や家電製品の塗装に利用されています。半面、木材や水性塗料などの導電性の低い素材や塗料の場合はそのままでは塗れませんので、帯電させるために工夫が必要になります。
図8 静電塗装
工夫で変わる、塗料と被塗物 の調整
塗料の粘度管理
塗料の粘度管理も塗着効率に影響を与える要素です。粘度が高すぎるとうまく微粒化できず、パターンが均一に拡がりません。反対に粘度が低すぎると塗料が飛散しやすくなり、塗着効率が悪化します。
また、せっかく付着した塗料も粘度が低すぎると垂れてしまったりします。塗料は適切な希釈率で調整し、季節や周囲の温度によって希釈率も調整します。シンナーには乾燥速度の違う夏用と冬用のシンナーがありますので、季節によって使い分けます。
被塗物の形状や置き方
複雑な形状の被塗物は塗料が届きにくく、塗着効率が下がります。置き方を変えたり治具を使ったりして塗面がスプレーガンから垂直になるように調整します。また、小物の場合は纏めて塗るなど、置き方を工夫することで塗料の無駄が減り、結果的に塗着効率を高めることができます。
見落としていませんか、塗装ブースの気流の管理
塗装作業を行う塗装ブース周りの環境が安定していないと、塗着効率にも影響があります。
風速
塗装ブース内の排気風速が強すぎると、塗料が被塗物に付く前にブースに吸い込まれてしまい、塗着効率が大幅に低下します。反対に風速が弱すぎるとミストが停滞し、塗装不良と作業環境悪化の原因になります。
塗装ブースには法で定められた制御風速があります。局所排気装置で囲い式フードの場合、法定風速は0.4m/secになりますので、下回らないようにしなければなりません。制御風速は強すぎてもいけませんので、目安は0.4~0.8m/secになります。
気流
自然給気の場合、塗装ブースの給気口は塗装ブースの正面に位置し、給気口・作業者・被塗物・塗装ブースが一直線になっていないといけません。側面からの給気は左右のバランスが崩れ、気流が乱れる原因になり、塗着効率の低下や塗装品質の悪化、さらには作業環境の悪化を招きます。
図9 給気の方向
コラム 給気が上手く行かない時は…
自然給気で塗装ブースに十分な給気量を確保できない場合や、給気口が塗装ブースの正面に位置していない場合は、給気装置の設置を検討しましょう。塗装ブースのある部屋が負圧になるのを防ぎ、気流が安定しますので、ゴミブツの付着や吹き返りが減り、塗装品質が安定します。
まとめ
以上、スプレー塗装で塗着効率を高める要素と対策についてご紹介しました。塗着効率に影響を与えている要素は数多くありますが、これらの課題をクリアすることは、塗着効率の向上だけでなく、塗装品質や作業環境の改善にもつながります。次回は様々な塗装不良の原因と対策についてご紹介します。