工場の騒音と振動③ ~塗装工程の騒音と工場設備の対策~ 2024年12月20日
聞こえる音と、聞こえない音があります。
工場の騒音と振動についてお話しするシリーズの第1回では、騒音と振動の単位や法規制についてお話ししました。また第2回では、主に工場騒音に対しての苦情の発生状況と、コンプレッサなどの設備から発生する騒音・振動についてご紹介しました。
最終回の今回は、塗装工程の騒音と、工場の騒音・振動対策についてご紹介します。
前回の記事 工場の騒音と振動② ~工場の騒音とコンプレッサ~
前々回の記事 工場の騒音と振動① ~意外と知らない、デシベルのこと
意外とうるさい?塗装工程
前回の記事では「空気圧縮機(コンプレッサ)」が工場設備の騒音源の1位であるとご紹介しました。圧縮空気を使用する塗装工程にはコンプレッサが不可欠ですが、塗装工程で騒音や振動を発生する設備はコンプレッサだけではありません。また、作業中の換気が必要なことも、塗装工程の騒音・振動対策の難しい点です。
スプレーガンの騒音
スプレー缶を噴射した時に発生する「シュー」という風切り音はどなたも聞いたことがあるでしょう。工業塗装で使用する業務用のスプレーガンでは、この風切り音が大きな音になります。スプレーガンも静音化の工夫がされてきましたが、現在、一般的なスプレーガンの騒音値は80dB前後です。また、使い方によっては仕様書に書かれた値よりも大きな音を発生させてしまいます。
80dBというと、ピアノの演奏をすぐ近くで聴いているくらいの音の大きさです。85dBを超える音を長期間聴いていると難聴のおそれがあるとされているため、塗装工程では作業者の保護のために耳栓やイヤーマフの装着が推奨されています。
コラム 自動車塗装工程ではどんな音がする?
新車の中塗りや上塗りの工程では、回転塗装(ベル型塗装)装置と呼ばれるロボットが活躍しています。ノズルの先端に高速回転する部品(ベルカップ)が付けられており、遠心力で塗料を霧状にします。ベル型塗装機は自動車塗装の主流になっていますが、スプレーに劣らずかなりの騒音を発生させます。また、音の性質も「キーン」という高い回転音のため、耳障りな音と言えるでしょう。
自動車の塗装工程は大きな塗装ブースの中でロボットだけが働いているのが普通ですが、もし中に入ることができたら、すごい音がすることでしょうね。
塗装ブースの騒音と振動
塗装ブースは作業者を有機溶剤中毒から守るために局所排気を行なう設備で、ファンを使って強制排気をしています。ファンからは風切り音がしますし、ファンを動かすモーターも回転による騒音と振動を発生させます。また、湿式ブースの場合は水の流れる音が騒音源になる事もあります。塗装ブースは建物の壁際に設置されることが多く、また排気ダクトが建物の外側に出ているため、塗装工程の中では近隣からの苦情の原因になる事が多い設備です。
一般的な囲い式の塗装ブースの騒音を前面から測定した場合の騒音値は、76dB~85dB程度です。また、塗装ブースのファンは騒音規制法の規制対象のため、搭載されているモーターの出力が7.5kW以上の場合は特定施設として行政機関への届出が必要になります。
塗装ブースが通常の状態なら騒音や振動を抑えられていたとしても、ファンやモーターのベアリングが傷んでいると大きな異音を発生させることがあります。近隣からの苦情や作業環境の悪化を防ぐためにも、塗装ブースは適切なメンテナンスを行ない、いつもと違う音がし始めたら早めに対策することをおすすめします。
また、塗装ブース用の消音器が販売されています。ダクト型の消音器は圧力損失を抑えつつも、元の騒音を10dB程度軽減できます。85dBの音が75dBになれば、だいぶ違って感じられます。
工場設備を静かにする工夫
圧縮機や金属加工機、塗装工程などが工場の騒音と振動の源になると分かりました。どんな対策がとられているでしょうか。
「最近の工場は静かになった」というけれど...
最新の工場の中はきれいで静かと言われます。工場見学に来られた方が「思ったよりうるさくなかった」「耳栓などは必要なく、普通の声で会話できた」等の感想を寄せられることがあります。新しい工場の中が静かに感じられるのは、先人の工夫と努力の賜物です。
一つには機械が発生させる騒音や振動自体を小さくする工夫が重ねられてきたことが挙げられます。回転する機械や往復運動する機械はより滑らかに動くようになり、発生する摩擦音や振動はどんどん小さくなってきました。
もう一つは、発生してしまった騒音・振動を内部に抑え込む工夫がされてきたことです。いくらモーターの回転を滑らかにして機械から発生する音を小さくしても、材料を切断したり破砕したりする音は、容易に低減できるものではありません。であれば、騒音や振動を閉じ込めてしまうのが有効な対策です。
新しい工場設備を見学した方の感想として、「静か」という他にも「すぐそばで見ても何の作業をしている設備なのか分からなかった」という言葉も良く耳にします。騒音や振動を発生させる作業は箱や壁の中に閉じ込められ、小さな窓やモニターから中の様子を伺うような設備が増えてきました。
きれいで静かな工場の中、通路の両脇に箱型の機械が並んでいる…。最新の工場のイメージの裏側には、騒音や振動を抑える努力が隠れているのです。
工場設備の騒音・振動対策
新しい設備を導入する他にも、出来る対策はたくさんあります。敷地や予算の都合上、単独で効果の高い対策をとれない場合でも、いくつかの対策を組み合わせることで騒音を一定以下に抑えることできます。
騒音・振動対策には他の課題と同じように効率的な取り組み方があります。まずは計測を実施して騒音・振動の発生状況を把握し、目標とする騒音値を決め、対策を行なった後は検証する、といった手順があります。詳しくはメーカーや専門業者に相談いただくとして、代表的な騒音・振動対策は下記などです。
- 防音壁や間仕切りを設置する
- 壁や天井に吸音材を貼る
- 消音器・消音装置を取り付ける
その他、防音効果のある塗料なども開発されています。また、下記は特別な費用のかからない対策です。
設備の稼働時間を決めて生産計画を立てる
昼と夜では許容される騒音の限度に大きな違いがあります。「この設備を動かして良い時間は何曜日の何時から何時まで」と決めて、あらかじめ計画を立てておけば、ある程度苦情の発生を抑えられます。実際、住宅に隣接した工場では夜間の苦情事例が多く見られます。
騒音が発生する作業の間は窓を閉める
換気の必要な作業には応用できませんが、窓を閉めるだけでもかなりの防音効果があります。
メンテナンスを適切におこなう
塗装ブースのベアリングが傷むと異音の原因になるとご紹介しましたが、適切なメンテナンスが必要なのは他の装置も一緒です。静音性が自慢のスクロールコンプレッサでも、状態が悪いと異音が発生してせっかくの静音性が失われかねません。また、小さなネジの緩みでも、鉄板などの部品がガタついて、ビビり音と呼ばれる大きな騒音を発生させることがあります。
人によって違う、音と振動の感じ方
上記のような対策を講じたとしても、騒音と振動は人が感じる現象のため、感じ方には個人差があります。周波数によって聞こえやすさは違いますし、「不快に感じる音」や「不快に感じる振動」にも個人差があり、騒音・振動対策の難しい一面です。
高過ぎて聞こえない音
人の耳に聞こえる周波数の範囲は20Hz~20,000Hz(20kHz)くらいの音とされています。人の耳に聞こえないほど高い音が超音波です。可聴域の音でも、周波数の高い音は20代くらいからだんだん聞こえにくくなると言われています。ただし、聞こえる音にはかなりの個人差があるそうです。
20代前半くらいまでの若い人にしか聞き取ることのできない周波数の音は「モスキート音」とも呼ばれています。2009年に足立区がモスキート音を使った治安対策を導入したことで話題になりました。
モスキート音を使った年齢診断ツールはWEB上でも見かけるようになりましたので、一度試してみてはいかがでしょうか。診断ツールは治安対策や忌避装置のような不快な音ではありませんので、ご安心下さい。耳は自分で思っているよりも、ずっと老化が進んでいるのかも知れません。
低すぎて聞こえない音
モスキート音のような高い周波数の音とは反対に、100Hz以下の低い音は「低周波音」と呼ばれています。また、人の耳に聞こえないほど低い音は「超低周波音」と呼ばれます。
低周波音は超音波と同じくどこにでも存在していますが、人の耳は低い音には鈍感なため、通常は不快に感じることはありません。また、人の耳に感じられるほど大きな低周波音の発生源は大きな装置などに限られており、近年はきちんと対策が施されているため、発生源としては減っているはずなのですが、低周波音が世の中に認知されるようになったことにより、苦情の件数は増加しています。
モスキート音と同じく、人によって感じ方が違うため、発生源の特定や発生源と不快な症状の関係をはっきりさせる事は難しいようですが、多くの場合は事業者が対策をすることによって苦情者との和解が成立しています。
法に則った運用をするメリット
低周波音が認知されるようになって、因果関係の証明が難しい苦情が増えてきています。あまりにも理不尽な要求であれば「カスタマーハラスメント(カスハラ)」として対応する道もありますが、工場の運営には近隣住民の理解が不可欠です。万一苦情を受けてしまった場合は誠実に対応することが早期解決の手段です。
騒音や振動の法規制に違反していない場合でも、企業イメージを守るため、工場の円滑な稼働を維持するために対策が必要になる事もあります。ただし、普段から法に則って工場を運営していれば、万一苦情を受けてしまった時にもきちんと説明ができ、その後の話し合いがずっとスムーズになります。
まとめ
騒音と振動について、3回にわたってお話ししてきました。防音・防振技術が進歩して最先端の静かな工場が登場する一方で、人によっては不快に感じる現象が社会問題になるなど、現代ならではの問題も起こってきています。
工場を運営する側にとっては怖い時代になってきたとも言えますが、普段から設備の管理を適切におこない、騒音や振動を一定以下に抑えられていれば、必要以上に心配することは無いのではないでしょうか。