工場の騒音と振動① ~意外と知らない、デシベルのこと 2024年11月8日
「デシベル」は何をあらわしている?
ものづくりの現場で気を遣わなければならないことの一つが、設備の稼働や労働者の作業などで発生する騒音と振動です。コンプレッサなどは大きな騒音と振動を発生させる機械として知られていますし、塗装に使われるスプレーの風切音もそれなりに大きな音がします。作業者の負担や近隣への影響で悩むことも多いでしょう。
今回から工場で発生する騒音と振動について、シリーズで解説致します。第一回目は、騒音や振動に関わる法規制と、意外と知らないことが多い「デシベル」という単位についてご説明します。
騒音と振動の単位
音の大きさ、うるささを表す単位がdB(デシベル)なのは良く耳にしますね。あまり知られていませんが、振動を測る単位もデシベルです。法規制についても「騒音・振動規制法」とまとめて説明されることが多くなっています。
けれども「騒音規制法」と「振動規制法」は別々の法律です。また、騒音と振動を測る単位のデシベルについても、実はそれぞれが違う意味を持っています。どういうことか、法律が別々に出来た経緯から紐解いてみましょう。
難しかった振動の規制
日本の騒音に関する規制は戦前から存在しましたが、現在の「騒音規制法」は1967年に施行された公害対策基本法の定めに従って、翌年に施行されたものです。公害対策基本法には、大気汚染・水質汚濁・土壌汚染・騒音・振動・地盤沈下・悪臭の7つが公害として定められ、取り組むべき対象とされていました。現在は廃止されていますが、その役割は環境基本法に引き継がれています。
騒音規制法は公害対策基本法成立の翌年にすぐ施行されましたが、振動に関する規制はすぐには出来ませんでした。当時振動を規制した法律は海外にも見当たらず、また振動をどのように評価するか、という技術的な課題があったからです。その後検討が重ねられ、1976年に現在の振動規制法が施行されました。振動についての規制を国が本格的に定めた例としては、世界初だったそうです。
同じデシベルでも違う?騒音と振動の単位
騒音にも振動にも使われているデシベルですが、実は「デシベル」という単位自体は、音や振動の大きさを表すものではありません。デシベルとは「元の量の何倍」という比しか表していない、相対値なのです。何倍になるかは対数(log)を使った計算になるためここでは省略しますが、騒音の場合、基準になる元の音を0dB=1倍とすると、表1のような比率で増えて行きます。
表1 デシベルの倍率
さて、ここまでのお話と、騒音規制法がすぐに施行されなかった歴史から既に想像がついている方もいらっしゃるかも知れませんが、騒音のデシベルと振動のデシベルでは比較の元になる基準の単位が違うのです。デシベルは小さな値から大きな値まで表しやすく、データの幅が広い場合に使うと便利なため、音や騒音以外では電力の計算などにも使われています。
騒音値を表す単位として良く使われているのは音の圧力、すなわち音圧です。単位は圧力を表すPa(パスカル)が使われています。人が聞き取れる最も小さい音が20μPa(マイクロパスカル)で、これが0dBに相当します。人が聞き取れないような小さい音だと、マイナスの値のデシベルになります。
図1 騒音の目安(都心・近郊用)
環境省HP 一般環境騒音について より抜粋 出典:全国環境研協議会 騒音小委員会
低い音はうるさくない?周波数による補正
ISO規格やJIS規格で使われる騒音値には、評価の目的に応じて補正が入っています。実際に発生する騒音には様々な形態があり、一律に同じ基準で測ることは出来ません。また人が感じる音には音の高さ(周波数)も関わってきます。
例えば図1の縦軸の「等価騒音レベル」は変動する騒音の大きさを表す指標で、瞬間的な音の大きさではなく、測定時間内の騒音レベルを平均して計算します。騒音の大きさはずっと同じではなく、変動するのが普通ですから「等価騒音レベル」は広く使われています。
また多くの場合、評価に使われる数値には周波数による補正を加えた騒音レベルが用いられます。人間が聞き取れる音の範囲は20Hz~20,000Hzと言われていますが、聞きやすい音域の音にはプラスの補正が、低い音や極端に高い音にはマイナスの補正が加えてあります。同じ音圧でも周波数が違えば同じ大きさの音に聞こえないからです。
JIS規格とISO規格で違う、振動の基準値
振動値の方の規格はどうなっているでしょうか?振動値の基準には振動加速度(物体が振動で移動する速度の変化率)が使われており、単位はm/s2(メートル毎秒毎秒)になります。基準になる加速度(0dB)はJIS規格で10-5m/s2、ISO規格で10-6m/s2に相当します。
なぜ二つの規格で違っているのかというと、もともとはどちらも同じ10-5m/s2だったのに、後からISOの推奨する基準が10-6m/s2に変わってしまい、既に日本国内で定着していた基準を変えるのが難しかったのだそうです。そのためJIS規格とISO規格では振動値の表示に10倍(20dB)の差があります。
騒音と振動の法規制
騒音規制法と振動規制法の概要
騒音規制法と振動規制法は施行された時期に数年の差がありますが、どちらも公害対策基本法の定めに従って成立した兄弟のような法規制のため、中身の構成は良く似ています。どちらも都道府県知事などが規制する地域を指定し、その地域内にある規制対象ごとに、規制の基準が定められています。
図2 騒音・振動規制法の概要
規制内容の例として、一番身近な工場・事業場騒音の規制対象についてご説明します。まず、対象となる「特定工場・特定事業場」とは、下記の図3に記載された「特定設備」を保有する工場や事業場のことです。「特定工場・事業場」のうち、指定地域内に存在するものが規制対象となり、規制の基準値は図4のようになっています。7.5kW以上のモーターが搭載されたコンプレッサやファンが対象になっていますね。
図3 騒音規制法の定める特定設備
図4 特定工場・事業場の規制基準値
騒音・振動規制法以外の規制と基準
騒音・振動規制の全体を分かりにくくしている原因の一つが、関連する法規制が複数にわたることです。工場には関わらないものが多いのですが、騒音・振動規制法以外には主に次のようなものがあります。
環境基本法の環境基準
騒音規制法の基本法である環境基本法にも、「騒音に関わる環境基準」が定められています。環境基準は騒音規制法のように特定の対象に規制を課すのではなく、「維持されることが望ましい基準」として定められたもので、全般的な騒音の他、航空機と新幹線に関わる基準が設けられています。対象になる地域は都道府県知事などが指定します。
ちなみに振動の環境基準は存在しません。ここでもやはり、振動を定量的に評価することの難しさが伺えます。
各自治体の条例
都道府県などの各地方自治体が独自の騒音・振動規制を定めている場合があります。
騒音と振動が与える影響
うるささのレベル
前出の図1を見ていただくと分かりますが、人はだいたい60dBくらいからうるさいと感じます。70dBくらいで大声を出さないと近くにいる人と会話が出来ないレベルです。救急車のサイレンに相当する85dBあたりから長時間聞くと難聴のリスクが高まると言われていますが、近年ではさらに低い音量でも難聴のリスクがあるという主張もされています。
WHOの欧州支部が2018年に欧州地域に出したガイドラインでは、スポーツイベントやコンサートなどの「レジャー騒音」の場合、70dBから難聴のリスクが高まるとされているそうです。
難聴のおこるメカニズムと治療の難しさ
よく「大音量で音楽を聴き続けていると難聴になる」と言われますね。難聴はどうして起こるのでしょうか? 耳の仕組みは複雑で、難聴になる原因は加齢や外傷などさまざまですが、大きな音を聞き続けて起こる難聴の場合、音を感じ取る器官である「有毛細胞」が騒音で壊れてしまうことが原因です。
図4 耳の構造
有毛細胞は耳の奥にある蝸牛と呼ばれる渦巻状の器官の中にあります。その名の通り細かい毛の生えた小さな器官で、一度壊れてしまうと現代の医学では再生は出来ません。このような原因で起こる難聴は「騒音性難聴」などと呼ばれます。また、仕事上大きな音にさらされる環境にある人が発症するため、「職業性難聴」とも呼ばれています。
振動規制法が守るもの
振動規制法の対象と少し混同しやすいのが、チェーンソーなどを使った業務で発生する振動障害(手足のしびれや痛み)の予防です。こちらは振動規制法とは別の法規制になり、労働安全衛生法関連の規制でチェーンソーの規格や労働者の保護措置などが定められています。
振動規制法の条文には住民の生活環境を保全することが目的であると定められています。例えば近所の工場のプレス機から発生する振動によって家屋が揺れるとか、部屋で寝ていて振動を感じるといった被害が起きないよう、住環境を守って国民の健康の保護をはかるというわけです。
まとめ
今回は騒音と振動の違いやそれぞれの法規性、レベルを測る単位であるデシベルについて解説しました。次回はコンプレッサ等の装置から発生する騒音についてお話する予定です。