塗装ブースの法規制① ~塗装ブースの種類と局所排気装置~ 2024年8月2日
効率の良い換気方法はどれでしょうか。
塗装ブースは塗装作業で生じる有害な有機溶剤の蒸気の飛散を防ぎ、作業者を健康被害から守るための設備です。有機溶剤を補捉して排気するために必要な性能の基準は法で定められています。
塗装ブースの形状は用途によって違い、性能の基準もまた塗装ブースの形状に応じて変わってきます。今回は、塗装ブースの種類と法規制、また塗装ブースの中でも良く使われている局所排気装置の法規について解説いたします。
塗装ブースの換気方法による分類
塗装ブースは、換気の方法によって「局所排気装置」「プッシュプル型換気装置」「全体換気装置」の3つに大きく分類されます。
図1
局所排気装置とは
有機溶剤の蒸気の発生源の近くに空気の吸込み口(フード)を設けて局部的な気流を作り、有機溶剤が周囲に拡散する前に吸引して排気する装置です。吸い込まれた有機溶剤はダクトを通って、排気ファンにより圧力を加えられて屋外に排出されます。
図2
局所排気装置はさらに、フードの形状によって2種類に分かれています。後程詳しくご説明しますが、有機溶剤中毒予防規則(以下、有機則)で言うフードとは、空気の吹き出し口や吸い込み口に取り付けられている覆いです。フードが有機溶剤蒸気の発生源を囲う形のものが囲い式、発生源を囲わない形状のものが外付け式になります。
図3 フードの例(黄色部分)
プッシュプル型換気装置とは
有機溶剤の発生源を挟んで、空気の吹出し口(プッシュ)と吸込み口(プル)が向き合って設置される装置です。外部の新鮮な空気が吹出し口から供給され、有機溶剤の蒸気を吸込み口のフードまで押し出して排気します。吸い込まれた有機溶剤は局所排気装置と同様にダクトを通り、外部に排出されます。
プッシュプル型では空気を押して有機溶剤の蒸気を吸収部分に誘導してくれるため、広範囲の発生源に対応することができ、局所排気装置に比べて遅い風速で換気できます。プッシュブル型換気装置には、周囲を壁で囲う「密閉式」と、周囲を囲わずに空気の吹出し口(プッシュ)と吸込み口(プル)を設置して、室内の一部にプッシュプル気流をつくる「開放式」があります。自動車の塗装など、発生源が広い場合や、発生源が移動する場合に使われています。
図4
コラム 自動車塗装で使われる塗装ブース
自動車(新車)の製造工程でも塗装ブースが使われています。自動車の塗装は下塗り、中塗り、上塗りと何度も塗り重ねて行きますが、前処理と下塗り(電着塗装)は車体を液剤や塗料のプールに漬ける方式(ディッピング)で行われ、中塗り以降は塗装ロボットを使ったスプレー塗装になります。
この時に使われる塗装ブースは密閉型のプッシュプル換気装置です。ブースの上方からフィルタを通したきれいな空気が供給され、ブースの下側から排気されていきます。大きな工場になると塗装ブースの中で数百台の塗装ロボットが働いています。
全体換気装置とは
全体換気は希釈換気とも呼ばれます。給気された新鮮な空気を有機溶剤の発生源付近の空気と混合・希釈しながら外部に排出し、有機溶剤の平均濃度を下げる方法です。全体換気装置は有機溶剤の蒸気が室内全体に飛散するため、用途が限定されます。
図5
全体換気装置の設置が向いているのは、広い作業場の中に少量の有害物質の発生源が点在する場合や、発生源が移動する場合などです。発生する有害物質が有機溶剤の場合は中毒のリスクが大きいため、局所排気装置等と組み合わせて補助的な役割を担うことが多くなります。
全体換気装置が使えない用途はどんなものでしょうか。有機則の概要のおさらいになりますが、有機溶剤は有害度が高い順に3種類に分けられています。屋内作業場で第1種有機溶剤や第2種有機溶剤を使う場合は、局所排気装置またはプッシュプル型換気装置の設置が義務付けられており、全体換気装置を使うことはできません。
例外として、有害度の低い第3種有機溶剤を使用する場合は上記の義務の対象外になり、全体換気装置による排気が認められています。ただし、タンク内で吹付け作業を行う場合は使用するのが第3種有機溶剤であっても局所排気装置やプッシュプル型換気装置が必要になります。
局所排気装置の法規
フードとダクト
局所排気装置のフードとダクトについては、有機則第3章「換気装置の性能等」の第14条で以下のように定められています。
14条 局所排気装置のフード等
1.有機溶剤の蒸気の発散源ごとに設けられていること。
2.外付け式のフードは、有機溶剤の蒸気の発散源にできるだけ近い位置に設けられていること。
3.作業方法、有機溶剤の蒸気の発散状況及び有機溶剤の蒸気の比重等からみて、有機溶剤の蒸気を吸引するのに適した型式及び大きさのものであること。
14条-2 事業者は、局所排気装置のダクトについては、長さができるだけ短く、ベンドの数ができるだけ少ないものとしなければならない。
第16条では、局所排気装置の性能について定められています。局所排気装置は設置するだけでなく、その性能が制御風速を満たすことが求められます。
16条 局所排気装置の性能
局所排気装置は、次の表の上欄に掲げる型式に応じて、それぞれ同表の下欄に掲げる制御風速を出し得る能力を有するものでなければならない。
表1 フードの種類による制御風速の規定
囲い式フード
フードが有機溶剤の発生源を覆うような形状の局所排気装置です。有機溶剤の発生源とワークはフードの中にあり、作業者はフードの外です。囲い式フードは外付け式フードに比べると気流の影響を受けにくく、小さい風量で排気の効果が得られます。
図6 囲い式の例
奥行きのあるワークなどを塗装する場合に、フードの中に入らなければ塗装出来ないことがありますが、フードの中には高濃度の有機溶剤蒸気があります。中に入ったり顔を入れたりしてはいけません。ワークの配置を変えるなどしてフードの外から塗装するようにしましょう。どうしてもフードの中に入らなければ塗装出来ないようなワークは囲い式フードでは対応できません。外付け式フードの規格を満たした排気装置を設置し、人とワークの双方がフードの外に配置されるようにしましょう。
また、有機溶剤の発生源がブース開口部の外にあったり、大きなワークがブースの開口部からはみ出していたりする場合も、囲い式ではなく外付け式として必要な風速を満たす必要があります。
外付け式フード
フードを有機溶剤の発生源の近くに設置するタイプの局所排気装置です。有機溶剤の発生源やワーク、作業者はフードの外になります。囲い式の時と同様、ワークとフードの間に人が入ると有機溶剤蒸気を浴びてしまうため、間に入らないようにしましょう。
図7 外付け式(側方吸引式)の例
外付け式フードには囲い式フードよりも強い風速が求められます。外付け式フードは側方吸引式、下方吸引式、上方吸引式の3つに分類されます。
側方吸引式
吸引の風の流れが床面と平行に、側面方向に流れる構造。
下方吸引式
吸引の風の流れが上から下に流れ、有害物質は足元に吸い込まれて屋外に排気される構造。
上方吸引式
下方吸引式とは逆に、下から上に吸引の風を流し、屋外へ排気する構造。
囲い式フードと外付け式フードの風速の違い
有機則に定められている制御風速は「複数の測定ポイントの下限値」です。例えば囲い式フードの風速の点検では図8のように開口部をそれぞれの面積が等しく、かつ一辺が500mm×500mm以下になるように16以上の部分に分割し、その中央部(赤い点)の全ての風速が最低0.4m/s以上の条件を満たしているかをチェックします。平均風速ではありませんので、注意してください。そのため、設計する際は安全を見て、風速を高めに設定します。
図8 制御風速の測定ポイント(開口部の大きさ2000mm×2000mmの場合)
囲い式フードと外付け式フードでは、必要になる排気風量の計算式が異なります。制御風速の数値ではそこまでの違いはありませんが、外付け式フードは排気風量が大きくなりますので、排気ファンの性能が求められます。
・囲い式フードの風速
排気風量(㎥/min)
= 開口面積(㎡)×制御風速V(m/s)×60
※開口面積=塗装ブースの間口の広さ(幅×高さ)
・外付け式側方吸引型フードの風速
排気風量(㎥/min)
=〔スプレー距離X²(m)×10+開口面積(㎡)〕×制御風速V(m/s)×60
※スプレー距離=最も離れたスプレー発散場所までの距離
外部からの風の影響を受けやすい外付け式フードでは、開口面積に加えてスプレー距離も計算式に入るため、必要な排気風量が大きくなります。それぞれ実際に計算してみましょう。
計算例①(囲い式フードの場合)
制御風速0.4m/sec
ブースの開口面積 間口3m 高さ2m
排気風量Q(㎥/min)
= 開口面積(㎡)×制御風速V(m/s)×60
=3×2×0.4×60
=144(㎥/min)
排気ダクトのベンド(曲がり)やダクト出口に付ける防鳥網の影響で圧力損失が生じることを考慮すると、これ以上の風量が必要になります。
先程、発生源が囲い式フードの外にあったり、ワークがフードからはみ出してしまったりする場合は囲い式ではなく外付け式とするとご説明しました。仮に有機溶剤の発生源を例①の囲い式フードの外、最大2mの距離に置いて作業していたとしましょう。
必要な排気風量を計算すると(計算例②) 、
排気風量Q(㎥/min)
=〔スプレー距離X²(m)×10+開口面積(㎡)〕×制御風速V(m/s)×60
=(22×10+6)×0.5×60
=46×0.5×60
=1,380(㎥/min)
非現実的に大きな排気風量になってしまい、この基準を満たす排気ファンを設置するのは難しいことが分かります。囲い式の塗装ブースを設置している場合は、ワークと有機溶剤発生源が必ずフードの中に収まるようにして作業する必要があります。
図9
まとめ
塗装ブースについては、有機則などにより一定の性能が求められています。これらは作業者の安全や環境を守るために定められています。基準を満たしているかどうか、定期的に点検して確認しましょう。
次回は塗装ブースの給気と排気について解説します。