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塗装ブースの基礎① ~塗装ブースはなぜ必要?出来ること・出来ないこととは? 2024年6月21日

本来の役割と性能について、見直してみましょう。

有機溶剤を使用する屋内作業場では設置が必須の塗装ブース。塗装工程において重要な設備ですが、塗装ブースに必要な性能や、法で求められている条件について正確に理解している方は意外と少ないのではないでしょうか。

本シリーズでは塗装ブースの基礎知識や関連法規について解説いたします。第1回目の今回は、塗装ブースの役割と設置目的についてお話しします。

塗装ブースの役割

塗装ブースの役割は、塗装作業で発生する余分な塗料ミストを吸い込んで排気することです。法令によって求められる中毒予防の役割の他に、塗装品質の向上の役割も果たしています。

塗装ブースの役割と基本性能

作業者の保護

塗装ブースの最も重要な役割は、有機溶剤中毒から作業者を守る事です。現在使われている塗料や希釈剤の多くには、有機溶剤が使われています。塗装ブースは作業者が有機溶剤を吸い込まないよう、塗料ミストの飛散から作業者を守っています。

環境対策

塗装ブースを設置していないと、被塗物に付着しなかった塗料(オーバーミスト)を捕集出来ないため、揮発した有機溶剤が周囲に充満し、塗料もあちこちに飛散してしまいます。

有機溶剤ミストが滞留すると、前述のような作業者の健康被害をひき起こすだけでなく、火災の危険性や周辺住宅の悪臭被害をひき起こすおそれがあります。塗装ブースは有機溶剤ミストを捕集すると同時に、フィルタや水槽で顔料や樹脂分も捕集し、周囲の環境を守る役割を果たしています。

塗装品質の向上

塗装を行なう際、オーバーミストは作業空間に漂うため、乾いたミストが再び被塗物に付着し、塗装不良の原因になります。塗装ブースは作業空間に空気の流れを作り出し、オーバーミストが被塗物に付着する前に吸い込んで外に排出し、塗装品質を向上させる役目を担っています。

塗装ブースに期待してはならないこと

臭いの除去

塗装ブースは作業場内の空気を吸い込んで排気しますが、塗料の臭いそのものを除去できるわけではありません。塗料ミストを吸い込むため、作業場の臭いは軽減されますが、その分排気ダクトを通じて外部に排出しています。臭気対策をする場合は別途対応が必要になります。

溶剤が気化したガスの捕集

塗料に含まれる有機溶剤が気化したガスを回収することはできません。塗装ブースの役割のところで「周囲の環境を守る役目を果たしている」とお話ししましたが、あくまで塗料(ペンキ)がそのまま周囲に飛散するのを防ぐ役割であり、溶剤ガスや揮発性有機化合物(VOC)を捕集できるわけではありません。

オーバーミストの100%捕集

塗装ブースの設置目的はオーバーミストを捕集して排出することではありますが、塗料に付着しなかったオーバーミストすべてを捕集できるわけではありません。僅かですがフィルタや水槽で捕集しきれなかった塗料がダクトから排出されますので、ダクトの配置には配慮が必要です。

集じん機としての性能・法規対応

塗装ブースはあくまでも塗料ミストを捕集するためものであり、粉じんを捕集する集じん機としての性能は期待できません。また、法律で定められている集じん機としての性能も満たしていません。

粉じんについての規制は「粉じん障害防止規則(以下、粉じん則)」で定められています。粉じん則は労働安全衛生法の特別規則で、粉じんにさらされる労働者の健康を守るための基準が定められています。一方、塗装ブースの基準について定めているのは同じ労働安全衛生法の特別規則である有機溶剤中毒予防規則(以下、有機則)と、特定化学物質障害予防規則(以下、特化則)です。これら二つの法令の定める内容については後述しますが、規制の目的が違うため、当然基準も異なってきます。例えば塗装ブースで一般的な囲い式フードの場合、有機則ではフード開口面での最小風速を0.4m/sと定めていますが、粉じん則が求める囲い式フード開口面の最小風速は0.7m/sです。

また、粉じん則の規制対象となる作業の中でも、研削盤やドラムサンダー、固定式のグラインダーなどの高速で回転する回転体を使う作業には特に厳しい規則が定められています。金属の切断や切削で発生する粉じんを長期間にわたって吸引すると、肺に粉じんがたまる「じん肺」という病気にかかるおそれがあり、じん肺は現代の医学でも治療の難しい病気だからです。これらの作業用の局所排気装置に求められる制御風速は、機械全体を囲う場合で0.5m/s、粉じんの飛散方向をフードで囲う場合や、回転体のみをフードで囲う場合には5m/sです。塗装ブースに求められる制御風速とは桁が1つ違ってきます。

コラム 塗装ブースの捕集効率とは?

捕集効率とは、被塗物に付着しなかった塗料(オーバーミスト)のうち、塗装ブースが捕集できる割合のことです。先にご説明した通り、塗装ブースは溶剤ガスを捕集できませんので、塗料の固形分での計算になります。

捕集効率は塗料の種類や塗装ブースの仕様によって異なりますが、100%の捕集効率の塗装ブースはまだ実現できていません。下記はアネスト岩田の湿式塗装ブースの捕集効率の参考値です。

湿式塗装ブース
メラミン塗料:97%
ラッカープライマ塗料:96%
アクリルウレタン塗料:93%
フタル酸アクリル塗料:95%

湿式塗装ブース(水流板付き)
メラミン塗料:99%
ラッカープライマ塗料:99%
アクリルウレタン塗料:97%
フタル酸アクリル塗料:98%

水流板付き塗装ブースなど、捕集効率の高い仕様にすることで100%に近づけることは出来ますが、捕集効率100%の塗装ブースの実現は今後の課題になっています。

塗装ブースを設置する理由

塗装ブースを設置する大きな理由は、塗料に含まれる有機溶剤の中に、人体に悪影響を与えるものがあるからです。人体に有害な物質と法規制の概要についてお話しします。

有機溶剤による人体への悪影響と法令との関係

有機溶剤とは他の物質を溶かす性質を持つ有機化合物の総称です。常温では液体ですが、揮発性が高いため、蒸気として空気中をただよい、呼吸によって体内に吸収されやすくなっています。また、油脂に溶ける性質がありますので、皮膚からも吸収されます。

体内に吸収されてしまった有機溶剤は様々な悪影響を及ぼします。有機溶剤中毒の中でも代表的なシンナー中毒は、頭痛やめまいをひき起こすだけでなく、長期間の摂取で脳が委縮してしまうことが知られていますが、これは脂質を溶かす性質を持ったシンナーが、脂質で出来ている神経細胞を溶かしてしまうからです。また、シンナーの他にも、有機溶剤の中には肺炎をひき起こすものや発がん性のあるものがあります。

有機溶剤の取り扱いについての法令としては、先にご紹介した通り有機則と特化則の二つがあります。これらはいずれも労働安全衛生法の特別規則で、労働者の安全と衛生を守るために事業者が守るべき規則を定めたものです。

有機則の概要

有機則では有機溶剤の毒性や蒸発速度から有害度を決定し、区分しています。

有害度が高いものを第1種有機溶剤、中程度のものを第2種有機溶剤、低度のものを第3種有機溶剤と区分しています。また、有機溶剤と他の物質の混合物(有機溶剤含有物)で、有機溶剤の含有率が全体の重量の5%を超えるものも規制の対象としています。

現在規制の対象となっているのは54種類の有機溶剤で、第1種有機溶剤として定められているのはクロロホルムなどの特に危険な7物質、第2種有機溶剤として定められているのはアセトン・イロプロピルアルコール・トルエンなど塗装や洗浄作業に馴染みの深い物質で、40物質が定められています。第3種にはガソリンやテレピン油などの7物質が定められています。

第1種から第3種の有機溶剤を屋内作業場等で使用する業務が有機則の規制の対象になり、作業主任者の選任や有機溶剤の区分の表示などの対策を行なうよう定められています。これらの対策の一環として、規則の第五条では、第1種と第2種の有機溶剤を屋内作業場等で使用する場合、蒸気の発生源を密閉する設備、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置を設けなければならないと定められています。塗装ブースはこの局所排気装置の一種に位置付けられています。

特化則の概要

特化則でも有機則と同様に健康被害をひき起こす可能性の高い物質を「特定化学物質」として規定し、取り扱い時の規則を定めています。特化則で規制される物質は有機溶剤に限りませんが、屋内作業場において対象物質を取り扱う事業者に対して作業者の保護のための措置を義務付けるなど、事業者が講じるべき措置の内容は有機則と似ています。また、クロロホルムなどの一部の物質は有機則と特化則の双方の規制対象になっています。

特化則もまた特定化学物質を危険度によって第一類・第二類・第三類に分類していますが、特化則に定められる物質の「危険度」は発がん性などの慢性障害をひき起こす可能性に着目して分類されていることが特徴です。そのため、事業者が実施すべき健康診断の記録や作業環境測定の記録の保存期間が有機則に定められた保存期間より長くなっています。

特化則に定められた物質の中でも、クロロホルムやエチルベンゼンは発がん性を持つ有機溶剤として第二類物質の中の「特別有機溶剤等」として位置づけられ、特別有機溶剤の濃度が1%を超えるものには特化則が適用されます。また、有機溶剤の含有率が5%を超えるものは有機則の適用対象になりますので、物質や含有率によっては双方の規則が適用されます。

コラム 特化則の規制対象

特化則では近年次々と規制対象物質が追加され、話題になっています。塗料で良く使用されるエチルベンゼンや、金属アーク溶接等で発生する溶接ヒュームが特定化学物質に追加されたのは記憶に新しいところでしょう。

急性中毒をひき起こす物質に比べると、発がん性などの慢性障害をひき起こす物質はまだまだ分かっていないことが多く、今後の新しい研究結果によって規制対象の物質がさらに拡大することが予想されます。

塗装ブースを設置する必要がある作業場とは?

塗装ブースなどを置かなければならない「屋内作業場等」とはどんな場所でしょうか。有機則の第1条に記載があります。

屋内作業場とは

有機則の第1条では、船舶の内部や車両の内部、タンクの内部などの具体的な場所を列挙すると同時に、最後に「屋内作業場及び前各号に掲げる場所のほか、通風が不十分な場所」を規定しており、有機溶剤の蒸気がこもりやすい風通しの悪い場所を規制対象にしていることが分かります。

これらの通風の悪い場所の詳細については、通達で更に細かい条件が定められ、最後の「通風が不十分な場所」についても「窓などの開口部の開口率が3%以下」といった基準が示されています。

壁がない作業場の適用除外

有機則の第七条では、屋根の下であっても屋内ではなく屋外作業場とみなすことができる条件が定められています。

・周囲の壁の二側面以上かつ壁の面積の半分以上が直接外気に向かって開放されていること。
・屋内作業場の通風を阻害する壁やつい立その他の物がないこと。

これらの条件を満たす場合は有機則の第五条の適用から除外され、塗装ブース等を設置する必要はありませんが、屋外で作業すると近隣からの苦情につながる可能性があります。屋外での作業はできるだけ避けたほうが無難でしょう。

また、開放的な場所で作業する場合でも、風が無ければ溶剤ミストが滞留してしまいます。有機溶剤の蒸気は一般に重く滞留しやすいため、実際に屋外作業で中毒が発生した事例もあります。換気には十分配慮するようにしましょう。

まとめ

塗装ブースの設置目的や役割、法規制との関連について簡単にご紹介しました。塗装ブースは作業者を有機溶剤の中毒から守るために設置されるものですが、その他にも塗装品質の向上などで重要な役割を果たしています。

次回は塗装ブースの種類や管理方法についてお話しいたします。