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生産技術の伝承、どうすればうまくいく?2021年10月29日

生産技術の伝承、どうすればうまくいく?

日本の人口は2008年を境に減少に転じ、急速な少子高齢化が進んでいます。15歳から64歳の生産年齢人口も減少し、製造業もその影響を受けています。製造業の就業者数は2002年の1202万人から2020年には1045万人にまで減少し、なかでも若年層の就業者数の減少が深刻な問題になっています1)

この状況下で、製造業において大きな課題になっているのが「技術伝承」です。日本の製造業を支えてきた世代が引退年齢に差し掛かる中、ものづくりの現場を支えてきた技術や経験を伝えきれないままに退職してしまう危機がせまっています。

技術伝承をスムーズに進めるためには何が必要か、ポイントはどこか、成功例や失敗例を参考にしながら考えてみましょう。

なぜ技術伝承が難しいのか?

技術・技能の表現が難しい

熟練者の技術伝承が難しい理由は多岐にわたりますが、一番大きなハードルは「技術・技能の表現が難しい」ことです。

技術は多くの知識や経験の集合体で、暗黙のうちに修得している「暗黙知」です。体系的に整理できていないものが多く、体験、経験で学習するため修得に時間がかかります。いわゆる「技術は盗め」と言うのも、体系的に説明できないからこそ「見て覚えてね」と、習得する側に責任をゆだね、確実性に欠ける伝承方法です。

伝承までの時間を短縮し、正確に技術を伝えるため、明確に言語化するなどの「形式知」化を目指す企業が多いですが、技術に関する「知識」「要素」を伝えることはできても、同じ経験をしているからこそわかる「知識や要素の使い方」まで伝えることはできません。

現場からの反発を受けやすい

技術伝承の取り組みを行うことは、現状の業務以外の時間や負荷がかかります。同時に、熟練技術者にとって後進を育てることは、自分の立場が危うくなることにも繋がります。

そのため、よく聞くのが「この忙しい時期に、そんなことに時間を割いていられない」「現状でも教えることはしているのに、なぜ新たに取り組まなくてはいけないのか」「技術はマニュアルでは表現できない」などの声です。

このように、現場からの反発を受けやすい傾向にあることも、技術伝承が進まない大きな理由です。

よくある失敗例とその原因

技術伝承に取り組んでいる組織は多いのですが、難しいためうまく進まないことが多いのも事実。よくある失敗例をご紹介します。

技術を文書化するだけで満足している

技術を伝承するにはどうしたら良いか?と考えたとき、真っ先に思い浮かぶのがマニュアル化。つまり、技術内容を文書化するコンテンツ作りに注力するパターンです。

文書化は悪いことではありません。しかし、文書化はあくまで技術伝承という目的を達成するための手段です。それなのに、いつしか文書化が目的になり、そこで終わってしまう組織が多々あります。

文書化はあくまで技術伝承という目的達成のためのスタート地点です。文書という手段を活用し、技術を伝承することが目的です。また、作成時点から時間が経過すれば環境が変わるので、アップデートも必要です。

熟練者が若手を教育するだけで満足している

「人から人へ技術を伝える」ことは、技術を伝承するためには欠かせない手段です。勉強会を開いたり、コンテンツを作ったり、実際の現場で見本を見せてみたり、さまざまな方法があります。しかし、これに頼り切りになるのは従来の「長年かけて経験者を育成する師弟制度」と大きな違いがありません。

熟練者から若手への教育は、抽象的な表現が多くなりやすいことも問題です。伝言ゲームで最後がずれてしまうように、なんとなくの理解を技術伝承として続けていくと、最終的には技術の本質から外れてしまう危険性もあります。

標準化するとそこから抜け出せない

誰もが同じようにつくれるように苦労して標準化したのに、その標準から抜け出せなくなってしまうこともあります。例えば新しい道具が出てきても、今まで通りにやることに固執して、そこから出て冒険することができなくなります。

本来の技術伝承とは、新しいものに果敢にチャレンジして新たな価値を生み出すことも含まれるはずですが、その部分の伝承ができなくなるのです。

技術伝承の成功例とポイント

では、どのように技術伝承を行えば、スムーズに進むのでしょうか?厚生労働省の技能検定ポータルサイト「技のとびら」には、各県の取り組み事例が紹介されています。その中から技術伝承の好事例をご紹介します。

事例1:技能を伝承する側(中堅高齢者)と受け手(若者)のギャップ解消

技術伝承をする際、大きなハードルのひとつとなるのが、技術を伝える側と伝えられる側の意識のギャップがあることです。そのギャップを解消するために、社内講習会を活用した事例です2)

こちらの企業では、基礎教育については課長クラスの社員が講師となって社内講習会を実施し、専門職については社内資格制度を制定して勉強会を実施するなどして、相互研鑽を図っています。社内での教育が困難なケースについては外部研修を活用しています。

研修の成果や有効性のチェックも入念で、研修後に受講者が「教育訓練実施報告書」を作成して経営層まで回覧しています。また上長に対してどういった経緯で研修に参加させたのかのヒアリングも行なっています。

事例2:技能五輪、競技会の活用

技能五輪や各種業界団体が主催する協議会への参加を恒例行事にすることで技術伝承に役立てている企業もあります。宮崎県の複数の企業の取り組みを紹介します3)

・当初は参加させることが目的だったが、数年たつと出場者の方から賞を取りに行く気になった。仕事を休むので他の従業員の負担になるが、先に出場した先輩が後輩に指導していく流れが会社の中で自然にできた。過去の出場者は職長となり、仕事に自信を持って取り組んでいる。

・同業他社では技能五輪の出場がPRになって出場希望者が集まり、求人に苦労していないという情報がある。当社もホームページに掲載したり、Facebookを利用したりして会社のPRに活用している。

・技能五輪の練習を通してコミュニケーションも取れるようになったし、若い社員の意識が変わったと思う。

事例3:能力の見える化と個人の自己啓発を推奨

個人の能力を見える化し、能力向上のための自己啓発をバックアップすることで、先輩から後輩への技術伝承を促している事例を紹介します4)

こちらの企業では「個人別機械操作能力表(多能工化表)」を作成し、機械操作の多能工化状況と人材の質・量を明確にして毎年更新しています。

若い技術者はひとつの技能を5年経験し、次の人に伝えてから次の職場に移ることを基本にしています。そのためにも技能検定を重視しており、現場の80%の人が技能検定の2級以上の資格を持ち、今年受かった人は来年受検する人に教え伝えていくようにしています。教えることは復習の意味があり、本人の研修にもなっています。

また「職能給制度」を導入し、個人の技能・技術・経験・資格などを等級化しています。格付けには、技能士の取得やカリキュラムに沿った研修会やセミナーへの参加実績を加味していますが、会社からのお仕着せの研修にならないよう、個人の希望する研修内容を認めているところがポイントです。行かされる研修会よりも効果があるとして「カフェテリア自己啓発」と名付け制度化しています。

技術伝承は持続的な組織にするための必須事項

技術伝承ができていないと、生産が停滞することはもちろん、重大な事故を引き起こす要因にもなります。近年ITが発達し、機械化・自動化でカバーできる部分もありますが、限界があります。

ものづくり大国である日本を支える技術は、機械化の難しい感覚に頼る部分が多く含まれます。継続的な技術伝承が行われる風土をつくることで、持続可能な強い組織になることができます。少しずつでも技術伝承への取り組みを具体的に進めていきましょう。