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環境にやさしいバイオ素材を用いた塗料とその効果2020年3月13日

環境にやさしいバイオ素材を用いた塗料とその効果

自動車や飛行機、建物のペインティングだけでなく、センターラインの反射塗料、舗装道路の遮熱塗料、凍結防止のための発熱塗料など、幅広い用途で用いられる塗料。

2019年の塗料の総生産量が164.5万tと需要が多い1)一方で、VOCやCO2等の排出といった、塗料や塗装に起因する環境問題もあります。環境問題の解決にはVOCやCO2の排出量を削減できる塗料や塗装技術の研究・開発が欠かせません。そんななか、これらの問題解決に貢献する資源として注目されているのが「バイオマス」です。

そこで、バイオマスが塗料や塗装に起因する環境問題の解決にどのように貢献するのかについて、従来の塗料・塗装技術と対比しながら考察していきましょう。

1.塗料・塗装がなぜ環境に悪影響を及ぼすのか?

色彩を作る「顔料」と、均一に顔料を分散させる「樹脂」や「溶剤」の混合物が塗料です2)。 実は、塗料そのものが環境へ悪影響を及ぼしています。塗装後に蒸発する溶剤として従来から用いられてきたのがVOCですが、大気中の光化学反応により光化学スモッグを引き起こすと考えられています3)

VOC排出量の約3割が塗料に起因するため、VOCの排出量を減らす塗料の開発・実用化が求められています。後述する水系塗料や粉体塗料といったVOCの発生の少ない塗料が実用化されてはいますが、溶剤系塗料の占める割合は依然高い状態を維持しています。溶剤系塗料の占める割合は1990年には45%でしたが、2019年になっても依然として34%を占めています。

CO2の排出もまた、環境への悪影響を及ぼす因子として考えられます。塗装の工程においても、原材料や塗料製造工程、塗装ラインや製品破棄などを通じて、CO2が排出されます4)。 その推計値は、原材料や塗料製造など塗料に起因するのが200万t、塗装に起因するのが700万t、塗料・塗装業界全体では900万tにも達し、産業界の2.3%にも及びます4)

2.VOCやCO2の排出量を減らす塗料

従来の溶剤系塗料から新しいタイプの塗料へと転換することで、VOCやCO2の排出量を減らすことがどの程度可能でしょうか。

VOCの削減に役立つ塗料として水性塗料が挙げられます。溶剤をVOCから水に置き換えた水性塗料は、VOC排出の少ない環境に配慮した塗料として注目されています5)。 事実、水性塗料の占める割合は増加傾向にあり、1990年の18%から2019年には26%に変化しています。

また塗膜の形成に溶剤を用いない粉体塗料も、水性塗料と同様に、VOCの排出量の削減を期待されています。粉末塗料がVOCを発生させないメカニズムは、塗膜の形成プロセスにあります。塗料の融解後に冷却したり、熱を加えたりして架橋させることで塗膜が形成されるため6)、VOCの排出量が実質的にゼロになるのです。無溶剤系の塗料の占める割合は2019年の段階で5.8%ですが、環境負荷低減に効果があるとして国内外での需要は増加傾向です7)

このように水性塗料や粉末塗料が普及したことに加え、大気汚染防止法が2004年に改正されたことも後押しし、VOCの総排出量は減少傾向です。2000年度の排出量を100%とすると、2010年の発生量は46%削減、2019年の発生量は54%削減されています8

その一方でCO2排出量の削減は塗料・塗装の双方の努力が必要になります。塗装の工程は繰り返し温度の上げ下げが行われます9)

その結果、設置された乾燥炉等により大量の燃料が消費されるため、CO2が大量に排出されるのです。塗装のプロセスを改善することでCO2の排出量を減らすのは困難です。塗装の設備設計は塗料に依存するため、塗料の仕様で低温化を実現しCO2排出量を削減する必要があります10)。 にもかかわらず、鉄鋼業界など基幹産業とくらべて塗装業界は省エネが徹底されていないという問題を抱えています。

3.バイオマスを使った塗料と効果

塗料・塗装においてCO2の排出量を減らすことは無理なのでしょうか。実は、VOCとCO2両方の排出量を減らす塗料の開発が進められています。そのカギを握るのが「バイオマス」です。

環境問題の解決に貢献する資源として注目を浴びているのがバイオマスです。植物の光合成によって生成されるバイオマスには、食品破棄物、家畜排泄物、もみ殻など多種多様な資源が含まれます11)。 石油や石炭等の化石資源と異なり、太陽と水、植物がある限り持続的に再生可能なことも、バイオマスの特徴です。

バイオマスが注目を浴びるのは、カーボンニュートラルだからです12)。 バイオマスを燃焼させるとCO2が排出されますが、バイオマスそのものが光合成により吸収したCO2に由来します。そのためCO2の全体量は増加しないのです。

バイオマスのなかで注目されているもののひとつが「ポリ乳酸」です。ポリ乳酸はトウモロコシやサツマイモを乳酸発酵させ重合することで生成されるプラスチックで、微生物によってCO2と水に分解され自然に還る性質をもっています。このポリ乳酸を原料にした水性植物性塗料が誕生しています。バイオマスなので塗料の原材料に起因するCO2の全体量も変わりませんし、溶剤が水性のためVOCもほとんど排出されません。この塗料によりCO2発生量を60%、VOC発生量を80%も減らすことができます13)

4.資源生産性を向上させるバイオマス

バイオマスの意義は、VOCやCO2の排出量を削減するなど、環境負荷の低減によって環境効率の向上を目指すだけではありません14)。 資源生産性の向上、つまり投入資源あたりの売上を伸ばすというメリットもあります。循環利用を最大にすることで投入資源の節約につながり、これまでエネルギーなどに対して支払っていた資金を別の分野に使用できるようになるのです。

(参考文献)

1) 2019年塗料統計(日本塗装工業会)
https://www.toryo.or.jp/jp/data/files/2019_1-12.pdf
2) 『よくわかる最新塗料と塗装の基本と実際』
3) VOC対策(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/voc/index.html
4)「塗装業界から革新的環境対策の提案を」(『塗布と塗膜』2018年夏号)
https://www.env.go.jp/air/air/osen/voc/H30-Main.pdf
環境省VOC排出インベントリ『平成30年度 揮発性有機化合物排出インベントリ検討会報告書』
5)『よくわかる最新塗料と塗装の基本と実際』
6)「粉体塗料の特長と市場動向」(『JETI』2016年12月号)
7)「粉体塗料の国内外需要動向と意匠性塗料の市場展開」(『塗装技術』2019年10月号)
8)「塗装における環境問題の動向と日本の取組」(『塗装技術』2019年1月号)
9)『CO2削減の取り組み:セミナー:講演予稿集:平成18年度第2回講演会』
10)「塗装における環境問題の動向と日本の取組」
11)環境調和型バイオベース塗料の開発(生産技術振興協会)
http://seisan.server-shared.com/632/632-92.pdf
12)『温度と熱のはなし:科学の眼で見る日常の疑問』(稲場秀明 著)
13)業界初、バイオ素材を用いた水性植物性塗料を開発(富士通研究所)
14)『エネルギーとバイオマス:地域システムのパイオニア』(古市徹、石井一英 著)