食液塗布工程におけるリスク
大切なのは「きれいに塗ること」だけではありません
食液塗布工程におけるリスク
食品の製造工程では、様々な液体が使われます。(ここではそれらの液体を「食液」と呼びます。)具体例をあげると、次のようなものです。
- 焼成油
- 艶出し剤
- 離型油
- ナパージュ
- グラサージュ
チョコやナパージュを塗りすぎてムラにしてしまった経験のある方も多いでしょう。けれども、食液を塗布する工程で注意すべきことは塗りムラなどの美観面だけではありません。手や器具が直接食品に触れる事が多いため、異物混入などの衛生面にも配慮しなければならないのです。
本ページでは食液の塗布工程に存在するリスクとその解決策についてお話しします。
「食品衛生法準拠」と「食品用」の違い
食品衛生法では、食品製造機械や容器包装の基準が定められています。求められている性能をまとめると次のようになります。
- 清潔かつ衛生的でなくてはならない。洗浄性を重視し、液溜りを防止する構造のこと。
- 有害・有毒物質を使用した機器を販売または販売用に製造してはならない。
- 規格・基準に合わない材料・方法により製造してはならない。
- 機器からの有害物質溶出が基準値以下であること。
接液部にステンレスを使用することで「食品用」として販売されている製品を多く見かけます。これらの「食品衛生法準拠」ではない製品は、接液部周辺の食液が触れやすい部分に真鍮などの材質が使用されている場合があります。
食品衛生法『準拠』を明示していないので違反ではありませんが、本来であれば『有害物質溶出が基準値以下であること』を謳うべきです。「食品用」として販売されている製品は「食品衛生法準拠」の製品とは違う場合もあることに注意する必要があります。
異物混入のリスク
食液の塗布工程では、タレやしょう油の塗布、艶出し剤の塗布、ナパージュの塗布など、数多くの工程で刷毛が使用されます。
刷毛から抜けた毛が混入することで歩留まり率が下がるほか、見逃してしまった場合は異物が混入された状態での出荷になります。重大な事故につながる可能性があり、気を遣う部分です。
刷毛から毛が抜ける懸念に対しては、丈夫なシリコン製の刷毛を使うなどの対策が取られますが、いつか破損して混入してしまうリスクをはらんでいます。
作業例とリスク
- 塗布作業は必ず製品に接触するので、異物混入のリスクがある。
- 刷毛は接触式なので、いつか劣化・破損し、異物混入の原因になる。
改善策:刷毛塗からスプレーガンへの変更
- スプレーガンは食材に触れることなく食液を塗布するため、異物混入のリスクを低減できる。
温度変化によるリスク
異物混入対策や均一な塗布にはスプレーでの作業が有効です。しかし、霧にしてスプレーする際には食液の温度と粘度の変化を考える必要があります。たとえばナパージュや、でんぷん液、糖液などは液体の温度によって粘度が変わってしまう代表的な液体です。
これらの液体は、温度が下がると粘度が上がるので均一に塗りにくくなり、逆に温度を上げると粘度が下がりすぎて垂れやすくなります。最も塗布しやすい温度を維持することで、品質を一定に維持することが可能になります。
これらの温度による粘度変化の大きい液体を刷毛で塗布する場合、仕込んだ直後は温度が高いので厚く塗れず、作業の最後のほうでは温度が下がって粘度が上がるので、薄く均一に塗りにくいことを経験された方は多くいらっしゃると思います。
スプレーで塗布する場合は、粘度変化の影響を大きく受けることになります。温度が高い場合は粘度が低くなりますので液量が多くなります。逆に液温が低いと粘度が高くなりますので液量が少なくなり、さらに粘度が高くなるとスプレーできなくなることもあります。そのため、時間に追われて作業する必要があります。
作業例とリスク
- ナパージュやゼラチンなど、液温によって粘度の変わる液体の厚みのムラや仕上げの品質が変化する。
- 作業の最初と最後で作業標準が変わってしまう、マニュアル化できない。
- 時間に追われて作業をすることで、塗布ムラが発生し不良品が増える可能性が増す。
- 刷毛塗りや滴下の技術が一定のレベルに達するまで品質が安定しない。
改善策:温度調節機能付きユニットの使用
- ヒーターで保温するので、液体の温度をある程度一定に管理できる。
- 塗布条件(液体の温度と粘度)が一定になるので、作業を平準化できる。
- 温度を一定に保てるので、時間に追われて作業をする必要がなくなり、計画生産が可能になる。
- 均等に吹付けやすいため作業効率が向上し、従来の刷毛塗りや滴下よりきれいな仕上がりが見込める。
作業者のスキルによるリスク
- パンを発酵させる際に使う離型油
- 洋菓子に塗布するナパージュ
- せんべいにでんぷん液を塗布してザラメを付ける
- 飴玉やガムに糖衣をコーティングする
これらは作業者の技術によって品質にも作業時間にも差が出るだけでなく、材料費にも直結します。
例えば、離型油の場合などは、熟練作業者であれば最適な塗布量を判断できます。しかし経験の浅い作業者の場合は多く塗りすぎる傾向になります。これは次のような心理が働くからです。
離型油の塗布量が少なかった場合、
⇒パン生地が容器にへばりついてしまう
⇒後工程に迷惑をかける(ムダな作業が増えたり、目標の生産量に足りなくなるかもしれない)
⇒パン生地は絶対に、容器にへばりついてはならない
⇒離型油を多めに塗布して、絶対にへばりつかないようにする
また、製造品にナパージュやタレを塗る際に、刷毛の場合、食品に直接触るので、具材が崩れることがあります。手直しをする工数が増えたり、場合によっては不良品になるなど、歩留まり率の低下につながります。
作業例とリスク
- 離型不良防止のため、塗る量を多くしすぎる。
- 塗布作業のバラつきにより、触感や品質に差が出る。
- 作業者の感覚に頼るので、技術の伝承が必要。マニュアル化できない。
- 刷毛や筆は薄膜での塗布は苦手なため、品質がバラつく。
- 具材が崩れて手直しの工数が発生する、歩留まり率が下がる。
改善策:作業標準のマニュアル化
- 塗布条件を数値化できるので作業をマニュアル化でき、作業の平準化が可能で品質を一定に保つことができる。
- 刷毛や筆に比べ早く仕上がり、また生産現場の作業を簡易化でき、作業効率が向上する。
作業環境に起因するリスク
食品製造の現場は、床が水や油で濡れていたり、粉が落ちていたり、足元が安全とは言えません。そのような環境の中で、人の手による重量物の移動や持ち上げなどの作業があります。
たとえば、離型油を塗布する作業を高所で実施するので、18L入りの離型油の缶をはしごで高所に持ち上げるなど、危険な作業があります。身体的に負荷の高い作業は他にもあります。
焼成油は製品(パンや焼き菓子など)が天板(焼き型)に焦げ付くことを防止したり、香りを付ける目的で使います。これをスプレー用のボトルに詰め、一日中スプレーをしていると腱鞘炎のリスクが高まります。
作業例とリスク
- 食液塗布のためスプレーボトルを何回も使うので、腱鞘炎等の健康被害が発生する。
- 食液(タレ、ざらめ、でんぷん液など)の入った容器が重いので、身体的な負荷に繋がる。
- 重量物を持って梯子を上るなどの作業の際、転倒や落下などの大きな事故に繋がる可能性がある。
- モップや刷毛を使用する場合、屈んだり体を起こしたりする際に身体的負荷がかかる。
改善策:スプレーガンや液体供給機器の導入
- スプレーガンを使うと、引き金を握る回数が減るので、腱鞘炎のリスクを低減できる。
- ポンプや加圧タンクを使うことで、重たい容器を持つ必要がなくなり、身体的な負荷が減る。
- ポンプや加圧タンクを使うことで重量物を高所に持ち上げる必要がなくなり、危険を低減できる。
- スプレーで塗布すると屈む必要がほぼなくなる。
これまではスプレーガンを導入するメリットをご紹介してきました。 続いての話題は、導入後の検討事項のご紹介です。
食液の飛散リスク
食液をスプレーガンで塗布すると、周囲への飛散が発生します。排気装置のある工場であれば、飛散した材料を捕集して作業環境の汚れを軽減できるでしょう。しかし、塗布工程に排気装置のない工場では、食液の飛散で作業環境が悪化するだけでなく、周囲のホコリと結びついて異物混入の要因になります。
そのため排気装置の有無にかかわらず、材料の飛散を抑えることが求められます。具体的には、エア圧力を極力下げ、塗布するパターン幅を極力狭くして、製品に極力近づけてスプレーします。
しかし、通常のスプレーガンで霧化圧力を下げると、必然的にパターン幅が狭くなるため、作業効率が下がってしまいます。その場合は低圧で霧化できるスプレーガンや、遠心力を霧化エネルギーに加えるスプレーガンを使うと改善できます。
もちろん、飛散を抑えることが不可能な塗布工程も数多くあります。例えばボンボンショコラ(表面がピカピカのチョコレート)の色付け工程では、細かい霧で何度も塗り重ねることで光沢のある表面を作ります。このような工程では、排気装置を設置するスペースを確保しないと、作業環境を改善することは難しいでしょう。
作業例とリスク
- 均一な塗布を求めてエア圧力を高めると、周囲に食液が飛散し、作業者が吸い込んでしまう。
- 飛散した食液は床や機械へ付着し、作業環境を汚染し、転倒などの危険要因になるほか、周囲のホコリと結合して異物混入の温床になる。
- チョコレートの色付けなど、細かく均一な塗布作業が必要な工程では、作業者の汚れや健康被害だけでなく、周囲環境も汚染してしまう。
改善策:旋回流ノズルの使用 または排気装置の設置
- 旋回流ノズルは、低い霧化圧力でも従来のスプレーガンより広角な丸吹きパターンで塗布が可能。
- 低霧化圧力により、材料の飛散を軽減できる。
- ステンレス製で作業台まで水洗いできる専用排気装置を設置することで、食液の飛散を防止する。